なんとなくの餃子を、やめてみる

〜 “美味しい”は、安心でできている〜
────────────
この日記は、食事と丁寧に向き合うことで、心と体が喜んでいるのを感じた、とある日の出来事です。
────────────
「餃子」の魔力
スポーツを楽しんだ、ある日の帰り道。
その日は鶏むね肉のサラダボウルを作るつもりだった。
ところが、運転中に並走してきたトラックの荷台に、大きく「餃子」の文字が──。
その瞬間、私は猛烈に餃子が食べたくなった。
「いやいや、サラダボウルにするんだよね」
「でも、餃子はわたしの大好物だよ。しばらく食べてないわけだし」
……これはきっと、今日は餃子の日にしようという神のお告げでは? などと
自分に都合よく解釈しながら、気づけば8割がた「餃子を食べに行く」気持ちになっていた。
────────────
どの餃子にしよう?
さあ、そしたらどこで食べようか。
なんだかワクワクしてきた。
チェーン店の餃子屋さんはどうかな?
うーん、でも冷凍かもしれないな。せっかくなら手作りがいい。
あの町中華のお店? きっと手作り餃子だろうな。
でも……使ってる油が気になる。古い油だったら避けたいな。
お惣菜が美味しいと評判のお店は?
でも前に見たとき、パッケージにいろいろ添加物が書いてあったっけ……。
考えた末に、やっぱり今日は餃子じゃなく、
予定通り鶏むね肉のサラダボウルを作ることにした。
────────────
最高のサラダボウル
帰宅後、気を取り直してサラダボウルを丁寧に仕立てる。
レタス、アボカド、スナップエンドウ、アスパラガス、ミニトマト。
作り置きのゆで卵、キャロットラペ、鶏むね肉に、刻んだナッツをぱらり。
オリーブオイルとハーブ塩、レモン汁で簡単なドレッシングを作る。
すべての食材を自分で選んで、自分で調理して、
好きな見た目、食感、味つけ、香りに仕上げた一皿。
私にとって完璧なサラダボウルができあがった。
自分のために、自分好みに作ったんだもの。
美味しいに決まってる。
そして、私にとっての「美味しい」は、
「安心できること」なのだと、改めて思った。
最高のサラダボウルを、私は時間をかけて、ゆっくりと味わった。
────────────
餃子は、また今度
餃子は、あらためて自分で一から作ろうと思った。
手間はかかるけれど、まとめて作って冷凍しておけばいい。
皮も、ひき肉も、野菜も、調味料も、油も。
自分で選んで、自分で調理して、
わたしだけの最高の餃子をつくろう。
こうして、体に取り入れるものを丁寧に選んでいくと、
本当に、体が喜んでいるのがわかるようになる。
────────────
影響を受けた一冊
『自分のために料理を作る』 星野概念/山口祐加
私の「食」への意識が大きく変わったのは、
この本に出会ってからかもしれない。
それまでの私は料理が苦手で、
どちらかというと面倒に感じていたけれど、
「自分をよろこばせるんだ」と考え方をシフトしてから、
料理が楽しくなったし、食事が楽しみになった。
上手じゃないかもしれない。
だけど、自分の心と体が満たされていたら、
上手いか下手かなんて、ほんとうはどうでもいいことなんだなって思った。
────────────
True satisfaction comes not from craving, but from choosing with care.
(ほんとうの満足は、欲に従うことじゃなく、丁寧に選ぶことから生まれる。)